<寄稿>龍翁余話~秋葉原・電気街

長尾理事の、愉しきかなアマチュア無線の新世界。まもなく開局です。

龍翁余話(14)「秋葉原・電気街」

翁が(18歳の時)初めて上京してしばらくの間、山手線の駅名・秋葉原(あきはばら)を「アキバハラ」、日暮里(にっぽり)を「ヒグレザト」と(わざと)呼んでいた。別に深い意味は無い。ただ、その呼び名の方が、翁の好みに合っただけ。「ヒグレザト」はともかく、「アキバハラ」は間違いでもなさそうだ。何故なら、「エレクトリカル・タウン(電気の街)アキバ」として、今や、世界的に有名になっているから。たまに、外国の友人たちが翁宅に逗留することがある。彼らは決まって「アキバ」行きを希望する。中には「シンジュク(新宿)」にも、と欲張る連中もいる。そんな場合、翁は、近くまで車で彼らを案内し、あとは(翁宅へ帰る道順のメモを渡して)ほったらかしにする。翁、あの人混みと騒音には耐えられない。ましてや、彼らのショッピングは、2,3時間もかかる。到底、付き合ってはいられない。が、実は本日(12月16日)、翁、自ら勇んで(?)アキバに出かけた。無線機器を購入するためである。しかも、『龍翁余話』(9,11)にご登場いただいた無線工学の権威者・鈴木先生の付き添いをいただいて・・・

その昔、秋葉原駅の傍に「東京神田青果市場」(昭和10年に設置、平成元年に現在の東京都大田区の「大田市場」に合併)があった。また、近くの万世橋には「交通博物館」(2006年5月閉館、後継施設として2007年10月に埼玉県さいたま市に「鉄道博物館」として生まれ変わる)もあった。この2箇所は、取材で訪れたことがあるが、秋葉原電気街に本格的に(買い物目的で)足を踏み入れるのは今日が初めて。自分のこととなると、人混みも騒音も、さほど気にはならない。勝手なものだ。鈴木先生とは午前11時、“電気街出口”で待ち合わせ。10分前に着いた翁は、改札口から出て来る人の波を眺めて、改めて驚いた。日曜日とは言え、それはもう、人間の洪水だ。若者同士、家族連れ、そして外国人の多いこと。翁は“場違い”を感じながら鈴木先生を待った。その間、駅近くのある電気屋の前で、サンタ姿の若い店員が、マイクを使って中国語で“呼び込み”をやっている。その割れた音が翁の耳に不快に飛び込んでくる。“電気屋のくせに、マイクやスピーカーの使い方も知らない、あんな騒音しか出せない電気屋で電気製品を買ってやるものか”と口の中で悪口雑言を吐いているところへ鈴木先生が姿を現した。

真新しい近代的ビルやケバケバしい店舗の谷間を通り抜け、路地裏の、とある小さな電気店に案内された。人混み、騒音嫌いの翁は、何故か、この古い、素朴な店構えにホッとする。鈴木先生と店主(山口社長)は古い馴染み。翁が行くことは、事前に知らされていたようだ。翁、今は4級のライセンスだが、いずれは3級を取得して広く海外との交信を視野に入れている。その翁のニーズに対応する機種を先生に選んでいただき、(先生の顔で)まずまずの値引きもして貰った。わずか10分そこそこで買い物終了。で、もう一度、狭い店内を見渡す。気がついた、この店は、ハム(アマチュア無線)関係の機材しか置いていない。『ハム・ゲッパン』という店名らしく、まさにアマチュア無線の専門店だ。そもそも秋葉原電気街は、終戦(1945年)直後、神田小川町近辺にあった闇市に、「電機学校」(1907年、明治40年に創立、現在の東京電機大学の前身)の学生が真空管や電子部品などのラジオ部品(ほとんどが米軍の払い下げだったという)を買いに来ていた。その闇市(店舗)が増えて総武本線・秋葉原のガード下に集まり、現在の電気街の基を築いたそうだ。言い換えれば、当時の「電機学校」の学生が、アキバ電気街発祥にひと役演じたことになる。ちなみに本日付き添ってくれている鈴木先生は、東京電機大学で教鞭をとっておられる。不思議な縁(えにし)だ。1980年代のアマチュア無線ブームに乗って目抜き通り沿いに多くのアマチュア無線機材取扱店が軒を並べた。が、アマチュア無線市場の縮小に伴い、2004年にはたったの4軒が残っただけ。『ハム・ゲッパン』はその中の1軒である。

今日は、翁の知らなかった世界(新旧秋葉原とハムの世界)を少しだけ垣間見た。それだけでも、翁にとっては格段の飛躍(オーバーかな?)である。買い物のあと、鈴木先生に(機械の設置の仕方、使い方などの)質問をした。その質問は、イロハの「イ」であるにもかかわらず、先生は、にこやかに、親切に指導してくれた。と同時に先生は真顔で「なるほど、学生たちは、そのこと(基本の基本)を知りたがっているのかもしれない。今日は龍翁さんに、無線工学指導の基本を教えていただきました」・・・これには、さすがの翁も恐縮。さて、間もなく“アマチュア無線開局申請書”を提出、来年1月末には、晴れて龍翁無線局開設の運びとなる(はず)。ああ、楽しきかな、嬉しきかな、そして、少々不安かな、っと、ここで結ぶか『龍翁余話』。

PROFILE : 長尾 龍

NPO法人日本災害情報サポートネットワーク 理事

株式会社東京ヴィ・ピー・アール 代表取締役会長 http://www.tokyovpr.co.jp/ 

本稿の掲載ブログはこちら→「龍翁余話」URL: http://blogs.yahoo.co.jp/ryu_nagao1936

某ホームページでエッセー「龍翁の独り言」も連載している

Q10.災害医療、私にもできることがありますか?

A:災害は種類や大きさによって色々な場面が考えられます。広範囲な大地 震などでは消防や医療ではやりきれない多数の生き埋めやけが人が出ます。実際、阪神では生き埋めの80%は市民が救出しています。

市民に できることはたくさんあります。しかし災害をよく知らない個人の判断 で動くと自分が助けられる側にまわることもあり得ます。

消防や医療者 の指示に従って動くのがいいでしょう。また被災地の病院や救護所は猫の手も借たい状態になります。責任者の指示で動けばやることはたく さんあります。

(安田 清/NPO法人”災害・医療・町づくり”理事長 静岡県立総合病院副院長)