<寄稿>龍翁余話~縁(えにし)

龍翁余話(11)「縁(えにし)」

“縁”とは不思議なものだ。 “腐れ縁”と罵り合いながら、それでも、やたらに会いたくなる友人同士。“悪縁”とボヤキながら、それでも、長年連れ添う夫婦。まさに“縁は異なもの味なもの”。中国に『有縁没有縁』という言葉がある。縁があるか無いか、という意味だが『有縁』とは、認知(出会い)→相互理解→相互信頼→相互協力→相互尊敬の継続を意味し、このどれかが欠ければ『没有縁』になる。これは、コミュニケーションの基調である人間関係(ヒューマンリレーションズ)の本質を表す言葉であり思想である。翁は、その基本概念にもう一つ「恕(じょ)の精神」を加え、教師時代から今日に至ってなお、あちこちで龍翁流『有縁論』を吹きまくっている。「恕」とは孔子の言葉・・・門人の子貢(しこう)が師に尋ねた「一言で、生涯心すべきことは何ですか?」、孔子が答えた「それは他人の心を思いやること(恕)である」と・・・

“縁”に関する日本の諺に『袖触れ合うも多少の縁』というのがある。“道で、知らない者同士が袖を触れ合っただけでも、それは多かれ少なかれ、縁である“・・・翁は、長年、そう思い込んでいた。『有縁没有縁』に比べて、ずいぶんと浅い縁解釈だな、と不満ではあったが・・・ところが最近になって、ある親しい宗教家からこんな話を聞いた。「”多少“の縁、は間違い、“多生”の縁、が正しい」。“多生”とは仏教の言葉で、この世に何回も生まれ出ること、つまり、生と死を繰り返す“輪廻転生”の思想である、と。翁、これこそ多少、こじつけだと思うのだが、“縁”は、それほどに深く永遠のもの、と考えれば、何となく納得させられそう。

さて、前置き(余談)が長くなった。今号で「縁(えにし)」を題材にしたのはほかでもない。最近、翁にとって、至福の縁と思える、まことに嬉しい、楽しい再会があったのだ。その縁へのプロセスを列記すると、翁が若い頃、たびたびの海外取材(特に米国)の時、面倒を見てくれたロサンゼルス在住のチャーリー(加賀美氏=元TBS駐在員)が、昨年、翁を「NPO法人日本災害情報サポートネットワーク」の理事に引きずり込んだ。そのチャーリー(同じNPO法人の理事)はハム(アマチュア無線)のベテラン。こともあろうに、その方面にまったく疎い翁に、ハムへの挑戦を煽った。幾度か拒否した。だが、新潟中越沖地震直後を取材したNPO法人・渡辺 実理事長(防災・減災ジャーナリスト)のレポートで“地元FM局とハムの活躍ぶり”を知った。“このNPO法人の理事に名を連ねた以上、ハム・ライセンスを持っていれば、いずれ役に立つこともあるのでは?“と、殊勝な気になり、遂に免許証を取得した。そのことをエッセー『龍翁余話』(8)「アマチュア無線」と、同(9)「無線技術者免許証」に書いた。それを読んでくれた翁の教師時代の同僚・鈴木先生(航空無線工学)が”龍翁さんのハム免許取得を祝って、昔の教師仲間と旧交を温める会を催そう“と、主だった先生方に呼びかけてくれた。5~6人集まってくれるかな、と思っていたら、何と(現役、引退組あわせて)10人。時は11月22日、場所は東京・吉祥寺の某居酒屋。各位から口々に発せられた「まさか、まさか、あの工学嫌いの龍翁さんが、ハムの有資格者になったとは!」の祝福の言葉(と翁は受け止めている)で始まった和やかな酒宴が進む中、数々の思い出話に花が咲く。翁が教壇を去って20年、久しぶりにお会いする先生方もおられたが、嬉しいではないか、皆さん、少しも変わっていない。まるで、あの頃にタイムスリップした思い。誰からともなく「これを機に、定期的にこの会を継続させ、更なる絆を強めよう」の声。翁は、ことさら『有縁』を感じ、胸が熱くなる思いをしたものだ。

チャーリーに始まって「NPO法人日本災害情報サポートネットワーク」との出会い、アマチュア無線との出会い、それを書いたエッセーが取り持つ“縁”で、旧友たちとの再会が実現した。皆、喜び合った。翁は“輪廻転生”のことはよく分からないが、“現世有縁”の大切さを噛み締めることの出来た“宴(うたげ)”であった。本来、翁のエッセーには、実名を記さないことを原則としているが、至福の時を共有した仲間たちに感謝の意を表する意味で、苗字だけの記載をお許し願うことにしたい。工学系から鈴木(幹事役)、亀田、青沼、阿部、高山、時国の各先生、芸術系から奈良、熊坂(『龍翁余話』(7)「コンサート」で紹介した声楽家)、相磯の各先生と翁の計10名。「会を継続させ、更なる絆を強めよう」は、まさに「縁あればこそ、この絆」である・・・っと、ここで結ぶか『龍翁余話』。

PROFILE : 長尾 龍

NPO法人日本災害情報サポートネットワーク 理事

株式会社東京ヴィ・ピー・アール 代表取締役会長 http://www.tokyovpr.co.jp/ 

本稿の掲載ブログはこちら→「龍翁余話」URL: http://blogs.yahoo.co.jp/ryu_nagao1936

某ホームページでエッセー「龍翁の独り言」も連載している

<寄稿>龍翁余話~無線従事者免許証

龍翁余話(9)「無線従事者免許証」

前号の『龍翁余話』(8)「アマチュア無線」をお読みいただいた読者の中から、さまざまな読後感をいただいた。「龍翁さん、頑張れ!」の励ましや「年寄りの冷や水」という悪友たちからの冷やかし、団塊の世代(後輩)からは「龍翁さんのチャレンジ精神に刺激された」の嬉しい反応・・・特に翁を喜ばせたのは、翁が昭和50年からの10年間、某専門学校の教師をしていた頃の先生仲間たちからの驚嘆メール。「あの龍翁さんが、まさかアマチュア無線とは」・・・各位が驚かれるのも無理はない。「俺は、“工学”とニンニクは大嫌いだ」とうそぶいていたのだから・・・

『龍翁余話』(7)「コンサート」で紹介したように、某専門学校というのは、もともと由緒ある工学系の学校だ。その中に畑違いの芸術学部を設置したのだから、工学系の先生たちは、かなり戸惑われたと思う。とりわけ傍若無人で、教師と映像プロデューサーの2足のワラジを履いていた翁(当時は、もちろん若かった)は相当の異端児に見えたに違いない。そんな翁を、彼らは暖かく(教師仲間に)迎え入れてくれた。“工学系の先生たちは、みな紳士だな”と感心したものだ。翁が教職を離れて20年余、芸術系の幾人かの先生たちとの交流は当分続いたが、工学系の先生方とは、以来、疎遠になった。翁がWebエッセー『龍翁の独り言』(最近は「龍翁余話」も)を配信するようになってから、工学系の先生お二人、TさんとKさんには読者になっていただいた。そのお一人、Kさんが、前号の「アマチュア無線」を、当時、教師仲間だった工学のSさんに転送した。驚いた!そのSさん、なんと、著名な無線工学(特に航空無線通信)の権威者なのだ。現在も某大学で教鞭をとっておられる。そのSさんからメールをいただいた。もちろん「驚きと懐かしさとハム(アマチュア無線)歓迎」の暖かいお便りだった。更に嬉しいことに、Sさんが、当時の先生仲間に呼びかけて“旧交を温める会”を計画して下さっているとのこと、その日が待ち遠しい。

さて、遅くなったが本題に入ろう。遂に“無線従事者免許証”(第4級アマチュア無線技士ライセンス)が届いた。日本は世界一のアマチュア無線王国。世界にはアマチュア無線局が280万局以上あるそうだ。翁が開局(12月開局予定)すれば、その中の一局になる。電話が今ほど発達する前から、世界を軽々と電波で結ぶコミュニケーションを成立させていたのがアマチュア無線。国や性別、年齢を超えて世界の人々と語り合えるアマチュア無線は、インターネットのルーツとも言えるのではあるまいか。無線は、電波という貴重な資源を利用するため、国内的にも国際的にも法律で電波の使い方が決められている。しかも電波法では、仕事や金銭上の利益目的は禁止され、純粋な趣味の無線通信であることが明記されている。もちろん、国家資格を必要とする。ただし、アマチュア無線は単なる趣味(遊び道具)だけではない。1995年の阪神淡路大震災の時、あらゆるライフ・ラインが寸断され、ほとんどの通信手段が途絶えた中、アマチュア無線家たちの連絡網が情報伝達や人命救助に大きく貢献した。災害、非常時に有線通信(携帯電話を含む)が使用不能に陥った場合、アマチュア無線は有効な通信網である、と今あらたに脚光を浴びているのだ。翁が無線従事者免許の取得を思い立った第1の動機は、そこにある。翁が理事を務めるNPO法人日本災害情報サポートネットワーク(J-DINS)も能登半島地震、新潟県中越沖地震の教訓から、地元FM局やアマチュア無線家とのネットワーク構築を急いでいる。

ところで、前号のエッセー「アマチュア無線」で、翁の近くにアマチュア無線家がけっこういることを知らされた。前述の教師仲間をはじめ、テレビ局員、コンピュータ業務関係者、アメリカの友人で金融関係の経営者やジャーナリストなど。そんな中で『龍翁余話』掲載でお世話になっている“雑貨屋ウイークリー”の店主(主宰者)大西さんが、なんと30年も前に第2級のライセンスを取得されたという。彼はハムで世界の人と話をしたいという夢がかなって某社の海外駐在員になったとか。退職後(大阪在住)の今も、その当時の無線機を大切に手元に置いているそうだ。そういうアマチュア無線の先輩たちと早く交信を開始したいのだが、不特定のアマチュア無線局を呼び出す時に発する「CQ,CQ,CQ、こちらは○○○○です」が、最初は、声が震え、自分のコールサインがスムーズに出てこないので、片手にメモを持っていなければ、と言われているそうな。しかし、普段、あまり物怖じしない翁、どこまで気取って落ち着いたコールができるか、とにかく開局の日が楽しみだ、っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 

PROFILE : 長尾 龍

NPO法人日本災害情報サポートネットワーク 理事

株式会社東京ヴィ・ピー・アール 代表取締役会長 http://www.tokyovpr.co.jp/ 

本稿の掲載ブログはこちら→「龍翁余話」URL: http://blogs.yahoo.co.jp/ryu_nagao1936

某ホームページでエッセー「龍翁の独り言」も連載している

ひろがり、そして勇気

ぐるぐるです。
10月末、大阪を生活圏とするメンバーが加わりました。
折しも11月1日開催の国の中央防災会議では、近畿・中部地方で直下型地震が発生した際の被害想定が発表され、近畿圏では最大死者数4万人を越すという最悪のものです。被害想定、それは数字の羅列・・・でも決してひとかたまりの数字ではなく、ひとりひとりの命が表わされている。減災には、今から出来る事をひとつづつ積み重ねていくしかないのだと、皆が隙間なく繋がっていくしかないのだと思うのでした。そして行動に移す、その勇気を持つ!